その他2021.07.18
命
昨日、僕の大学の友人のお子様が亡くなられました。
家族と過ごした時間は7年間でした。
恐竜が好きな子で、同じく恐竜好きの、うちの子供と一緒に国立科学博物館を回った事もありました。
友人は息子さんの病に加えて、仕事も開業が重なっていました。開業は僕にとっては二度と人生でやりたくないことが新規開業だったりするのはそれだけ大変で、毎日「歯医者辞めたい」と思う位、辛かったからです。
コロナ禍でずっとお祝いを出来ていなかったので、7/16の金曜日に彼の新しい歯科医院にお祝いにお邪魔したばかりでした。
僕達は西洋医学の理論において正しいと言われる事を行うのが仕事です。これは彼も僕も一緒です。
でも、西洋医学ではなす術がない、となった時に彼等家族の支えになったのは精神世界的なものでした。
命に関わる事で歯科とは比較にならないかもしれませんが、西洋医学ではどうにもならない事(東洋医学ならどうにかなる、ということではないですが)は僕達の仕事でも存在します。
精神世界が不治の病を治してくれたり、歯を治してくれたりはしないかもしれません。
でも人は「身体」ではなく「心」も共に生きています。
どれだけ、身体を癒やしても心が不満や不安でいっぱいならば客観的事実は人を救うどころか傷つける事すらあります
僕達はそのことを気をつけながら仕事をしなければならないと感じています。
コロナ禍で僕達は今までの生活から大きく不自由を強いられる事になり、仕事を失ったり人生について考えたりする機会が増えました。
コロナで幸せになった方よりも、大きなストレスを感じたり人生設計を大きく変更せざるを得ない位ダメージを受けている方が多いと思います。
今、再び新型コロナウイルスの感染者は増加しており、その中でもこの国はオリンピックを行う様です。
僕も中高とスポーツをし、人生の目標の中で「オリンピックに行けたら良いなー」と思っていたので、その競技に人生を賭けている選手の選手寿命を考えたら次はない人もいるので、大反対ではないです。
実施する事で誰も死なないならば。
コロナによる1日の死者数などが発表されていますが、慣れてしまうと他人事で数字を見ているだけになってしまいます。
でもその背景には確実に亡くなった命があり、その方に家族がいたりするわけです。
僕の友人もお子さんが亡くなった痛みが癒えるのは人生のいつの段階で訪れるのか分かりません。おそらく長い時間がかかり、完全に消える事はないでしょう。
ワクチンの普及や治療の開発によって少しづつ不都合な生活は解消されていく事でしょう。
日常が戻る中でコロナ禍の不便さ、不安は過去のものになっていきます。
でも命は数字じゃない
最期は自分で選べない。でも生き方は選べる。亡くなった患者さんの言葉です。僕達が生きている事は当たり前ではないと身近な人に不幸があると改めて気付かされます。
友人のお子様の御冥福を心よりお祈りします。そして御家族の悲しみが少しでも薄れていく事を心より祈っています。